THE LIFE OF CHARLES M. SCHULZ
チャールズ M. シュルツの生涯

コミック「ピーナッツ」を生涯にわたって描いたチャールズ M. シュルツさんは、1922年11月26日にアメリカのミネソタ州ミネアポリスで生まれました。その後セントポールで育ちカリフォルニア州に住居をうつしながら、2000年2月12日にこの世を去るまで、世界中の読者に向けてささやかなしあわせを送り届けました。

1950年に連載が始まってから約50年の間に、シュルツさんは17,897ものエピソードを描きました。ピーク時には「ピーナッツ」は世界中で2600紙もの新聞で掲載されました。スヌーピーやチャーリー・ブラウン、そのほか大勢の仲間たちは、今も私たちのそばにいて毎日をハッピーにしてくれています。

The Life of
Charles M. Schulz

1922年11月26日

ミネソタで、サンクスギビングデーのあとの日曜日にシュルツ誕生。母はディナ・ベルティナ・シュルツ、父はカール・フレデリック・オーガスタ・シュルツ。

© SFIPT, Courtesy of Charles M. Schulz Museum and Research Center

1922年

「スパーキー」というニックネームをつけられる。このニックネームはビリー・デベックの漫画「バーニー・グーグル」に登場するスパークプラグという人気の競走馬のキャラクターにちなんだものだった。

1926年

最初の犬、黒白の毛の「スヌーキー」という名のボストン・ブル・テリアを飼う。

© SFIPT, Courtesy of Charles M. Schulz Museum and Research Center

1928年

6歳になる頃には漫画家を志していた。

1929年

家族でセントポールからカリフォルニアの小さな街ニードルズに引越す(1931年まで)。

© SFIPT, Courtesy of Charles M. Schulz Museum and Research Center

1932-1936年

子どもの頃の主な娯楽は、土曜日の午後の映画、夕方のラジオ番組、そして新聞漫画の3つだった。

© SFIPT, Courtesy of Charles M. Schulz Museum and Research Center

1932-1936年

ツインシティ※で過ごした少年時代、非公式の試合を通してシュルツの生涯のアイスホッケー愛がはじまった。

※ミシシッピ川両岸にある州都セントポールと経済の中心地ミネアポリスのことで、通称双子都市と呼ばれている。

© SFIPT, Courtesy of Charles M. Schulz Museum and Research Center

1934年

シュルツ家は白黒の雑種犬スパイクを飼い始める。

1937年

父が飼い犬スパイクのユニークさをロバート・リプリーの「ビリーブイットオアノット」に投稿。その際に息子が描いたスパイクの絵を添えた。投稿が採用されたため、14歳のシュルツが描いた絵が、初めて印刷物に掲載されることになった。

© Ripley Entertainment, Inc.

1938-1939年

セントラル高校の11年生の時、ミネット・パロ先生の美術の授業で、「なんでも思いついたものを3セットずつ描く」という課題で優秀な作品を描いた。

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