The Life of
Charles M. Schulz

1946年-1948年

アートインストラクションスクールズで働きながら、人生の目標である新聞連載漫画家になれるように自身の漫画の作風を確立していった。

1947年2月

シュルツ最初の一コマ漫画作品「ジャスト・キープ・ラーフィング(ただ笑ってるだけ)」がトピックスコミックブックに掲載される。同年4月に二つ目と最後の作品が同時掲載された。

1947年6月

新聞連載漫画のチャンスをつかもうと努力し、コリア―ズやサタデー・イブニングポストを含むさまざまな媒体に作品を投稿した。次にうまくいったのは、ミネアポリストリビューンにパネルコミック「リル・フォークス」が2つ掲載されたことだった。

1948年5月-1950年7月

シュルツのキャリアにおいて重要だったのは、作品が17回掲載された「サタデーイブニングポスト」だった。

©Curtis Publishing

1949年-1950年

アートインストラクションスクールズでインストラクターとして働いた時代、シュルツは経理課で働くドナ・マエ・ジョンソンと出会い付き合いはじめた。ドナはのちにシュルツではなく他の男性と結婚した。この苦い思い出から、「ピーナッツ」でチャーリー・ブラウンが「小さな赤毛の女の子」へ報われない片想いを続けるエピソードが登場した。

© SFIPT, Courtesy of Charles M. Schulz Museum and Research Center

1950年

いくつかのシンジケートからの不採用通知の後、ついに「リル・フォークス」をユナイテッド・フィーチャー・シンジケートに売ることが決定。

1950年

既存の新聞漫画に類似するタイトルがあったためシンジケートが「ピーナッツ」に改称。このタイトルをシュルツは決して気にいることがなかった。

1950年10月2日

「ピーナッツ」の第一話が4コマ漫画として全米7紙に掲載。

1951年4月18日

アートインストラクションスクールズの共通の友人を通して知り合った、ミネアポリス在住のジョイス・スティール・ハルヴァーソンと数か月の交際期間を経て結婚。

1951年5月29日

新婚のシュルツはコロラドスプリングスの郊外に平均的な一軒家を購入。

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